ワクチン接種2回目が終わって2日間の休暇中、体が痛くて仕事してた方が気がまぎれるんだけど休暇中だからできないし、最近読んだ本の感想を書くことで気を紛らわすことにする。
(基本的に センシティブすぎる題材の読み物と、面白くない読み物については触れないことにしているので、ここに挙げたのは 私は読んだうえである程度に広くお勧めしている、ということです)
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ルワンダ中央銀行総裁日記 (1972) 2009年増補版
服部正也 ルワンダ中央銀行総裁(1965-1971)
生半な「なろう小説」よりも「なろう感」が強いし、ほぼ総裁の一人称視点で書かれているが、本人の主観とはいえれっきとしたノンフィクションである。ラノベ風タイトルをつけると「日銀管理職の私、とつぜんアフリカ某国の中銀総裁を任命(まか)されちゃいました」みたいな感じの内容。くっそダサいタイトルの、ただの日記なのに 読んでみると面白い。なぜだ。
書いてあることは、私が何かしたらこうだった、私はこう感じた、それに対してどうした という著述が中心で、たまに軽口や人物評が挟まって、また基本構文に戻る、の繰り返し。この型、帝国軍人が書いたものはみんなそうだったので軍人特有の語り口だと思い込んでいたんだけど、この方も情報担当とはいえ海軍軍人なので、軍人云々の判断材料にならないかなあ。芝村裕吏氏もこの文型は軍人によくみられると書いているけど、ちょっとよくわかっていない。
タイトルはお堅いが、金融や会計を学んだ人にしか理解できないことはほとんど書いていない。義務教育レベルの政治・経済知識と、普通のサラリーマンが肌感覚で覚えている知識で理解できる、とてもやさしい記述。(私の感覚として、これを読んで全編に理解が追い付かない人は、現代人としてちょっとヤバい、という程度)
初版が1972年な上に、大正の生まれの人なので、文体は今の感覚からはちょっと古臭いが、仮名遣いはほぼ現代風なみ。ちょっと難しめのラノベを読める程度の人ならふつうに読める。少しだけ古めかしい日本語の文章を読み進めることより、この本に登場するルワンダ人の名前を覚える方が難しいほどだ。
というか最近のラノベ、日常で使われない難しい漢字を使いすぎだろう。90年代から徐々に増加傾向にあるのだけど、道具がワープロ→PCと進化してきたことの影響は絶対にあると思う。ペン片手に(記憶密度が極めて低く検索性に劣る、紙の)字典を引かなきゃ書けなかった80年代以前とは違う。矢野徹氏が『いまどき、掴むなどという漢字を動詞で使うのは、コンピュータの世界だけではないのか?』(ウィザードリィ日記, 1987/4/8)と書いていたが、コンピュータが日常に侵食してきたからなのは確定的に明らか。
私もコンピュータを使うようになってから圧倒的に漢字を多く使うようになった。そこいらのブログ記事でも、へたな新聞より漢字が多いのではないか。仕事で読む文書もそうだし、コンピュータやインターネットに触れずに大人になった人(のうち読書習慣がない人)は苦労していると思う。
2009年増補分はただの資料と論評なのであんまり面白いということはない。
(というかルワンダ中銀総裁にして著者である服部正也氏は1999年に亡くなっている)
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火星の人 (2009, 2011)
Andy Weir https://www.andyweirauthor.com/ (アンディ・ウィアー)
訳:小野田和子
2009年からネット掲載を経て2011年自費出版されたSF小説。ちなみに もともとAmazonKindleで99セントで販売された電子書籍、紙の本になって、さらに日本語に翻訳されて日本で買うと1,000円を超える。でも翻訳の質はだいたいいいと思う。映画『オデッセイ』の原作。
未来だがそう遠くもないし近くもないという西暦2035年という設定のSFで、今と、今から10年か20年先にはこう思われているだろう、という文化をしっかりと表現していて、読んでいて首をかしげるところがほとんどない。現実に今2021年なわけだが、今から10年以上前に書かれたとは感じないほどに時代感を薄めていて、SF小説として非常に好ましい。たかだか10年や20年が経っただけで陳腐化する要素を排した結果なのだろう。ネット掲載時によくない描写を修正しながら完成させた小説なので、いい加減な描写にうんざりして放り投げてしまうことはないはず。
現実世界より10年〜30年程度先の年代を描くSF創作はだいたい「フィクションということで誇張したり、組織をいじったり、残念なように書いて(富士学校まめたん研究分室:芝村裕吏)」とか「お金や重さの数字の桁を少しいじってありますが(第六大陸1:小川一水)」などとあとがきで申し開きしてしまうほかないのだけど、あまり数字で無茶をしていないということに好感は持てる。後半に登場する重要な組織と人物の描写がちょっと無理を感じる程度。
(もちろん、必ずしも科学的に正確な描写をしているわけではない。20kgの宇宙服を着こんでいても火星の0.4Gは地球の1Gとは違ったものになるのは間違いないし、火星の気候は正確には描写されていない。あくまで、1960〜1970年代に書かれた2020年代頃を描いた、月や火星を舞台にしたSF小説よりは格段にマシである、という意味)
本編は7割の主人公マークのログブック(日誌)パートと、残りはJPLなど地上エピソード・帰還船の描写でつづられているが、ログパートにはそういった「今見ても、20年後に見ても、あまり受け取られ方が変わらないであろう感想」がつづられている。
ソル38『ディスコですか。勘弁してくださいよ、船長』
ソル98-2『ユーザーレヴューに投稿してやろうか。「火星の地表に持っていったら、動かなくなった。0/10」』
地上パート『「発言には気を付けてほしい。(略)全世界に生中継されている」「見て見て!おっぱい!->(.Y.)」』
などがそうで、現代の一般的な(そして20年後も同じく普遍的な)感覚から乖離していない人間性を与えている。
強いて現実離れしている点を挙げれば、主人公マークはギーク(技術オタク)であり、悪ガキ的な言動が多く、それでいて活動的で成熟した社会性を持った宇宙飛行士であるということくらいか。とはいえそれらを兼ね備えた人は(ギークでない人には)想像がつかないかもしれないが、世の中にたくさんいる。そんなオタクは現実にはいねえよ、なんて言っちゃう人はちょっと想像が足りていない、そういうものだと割り切ってほしい。
映画『オデッセイ』を見てからこの原作を読む人も、(話の都合、どうしても登場人物に大きな割合を占める)ギーク独特の言い回しや工学系ジョークに嫌悪感を覚えるような「潔癖症」の人以外は、十分に楽しめる内容だと思う。映画の中で、映画内で説明されていないために理由のわからない演出がほんの少しあるのだけれども、原作小説を読むとニヤリとしてしまう程度には辻褄が合っている。
この本を読んだあとで映画を見る人は、描写があっさりしすぎているように感じるかもしれないけど、ストリーミング配信で何百円かと141分をつぎ込む価値はある出来栄え(動画は倍速で見る人? そんなの知らん)。141分(21世紀のエンタメ映画としてはこれでも信じられないくらい長い!)あるいはEXエディションの151分に、原作小説のエッセンスを詰め込めるだけ詰め込んでいて、破滅的なシチュエーションでも前向きに活動する(そして口が悪い)マークの演技は素晴らしい。最近のエンタメ向け原作付きアメリカ映画の中でも群を抜いていい映画といえる。
映画もいい出来だが、本を読む習慣がない人はともかく、小説を読む趣味の人はぜひ書籍を読んでいただきたい。
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え、社内システム全てをワンオペしている私を解雇ですか? (2021)
下城米雪 https://mypage.syosetu.com/569498/
過労でちょっと精神がイッちゃってる「社内SE」が解雇されてその後を描くラノベ。基本的には解雇された社内SEがラブコメする話なのだけど、鳥肌が立つようなラブ要素はなくて、基本的にはコメディである。登場人物の言動や描かれるビジネスはいい感じにデタラメなんだけど、物語の本質を損なうようなものではなくて、気楽に読める。過酷な勤務実態を、IT開発あるあるジョークのように描写するところを見て気が滅入ってしまうような人はたぶん転職した方がいい。
まあ、通勤中の暇つぶしに変な新聞やWebニュースを見るよりは断然楽しめると思う。
もう20年か30年くらい前、いわゆる「OL」の一部でスクールガールファッションが流行っていたころ、それで出勤していた剛の者もいたらしいけど、現実ではあまりお目にかかれなかったので(4人くらいしか見た記憶がない)、だいたいの人にはリアル感が薄いと思うけど、いたんですよ。ホントに。20をいくつも過ぎた大人の女(あるいは… 言わなくてもわかるな?)がそういう服装とメイクで出勤するなんてね。
それに比べたら特定の誰かさんを想起させる程度のアニメキャラコスプレ服で仕事する、なんて大人しいもんだと思うよ。
このラノベの表紙みたいなビキニベースのコスプレしてる人はさすがにいないし、この物語の中でそういう衣装の露骨な描写はないんだけども、ちょっと表紙イラストは盛りすぎかな、とは思う。
これも20年くらい前の話になるんだけど、エロマンガ単行本の表紙をボンデ風ファッションで書いておくと売れるので、中身に一切そういう描写がないにも関わらずボンデ衣装の表紙イラストを装丁するのが流行った時期があった。昔は単行本は表紙買いする人が多かったからね… 今でも少しそういう単行本を出版する勇気のある会社はある。(そして私はそれに怒りを覚えるメンタリティを持っていることも付け加えておく)
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うちのちいさな女中さん 第1巻 (2021-連載中)
長田佳奈 https://twitter.com/osakana_work
タイトル通り、職業婦人が手配してもらった女中が思いのほか若かった(14歳)、という話が取っ掛かりの、女主人と若すぎる使用人のカジュアルな絡みが本筋になっている漫画。時代は昭和初期(という本の煽りの記載)。作品内で時期を明言している個所はないけど、家事使用人の衣類が下げ渡されている描写、ガス台が珍しいという描写、それに「文化台所」という単語について言及されている。
(ちなみに初めて全戸にガス配管がなされたアパート群のうち有名な「同潤会青山アパート」が1926年/大正15年の竣工)
この著者、100年くらい前の(だいたいたぶん)東京を舞台にした短編集は何冊か出ているけど、長編は2作目でこのモチーフとしては初? なのかな? 続巻待ち。
英国が舞台で、時代はそちらの方が少し古いのと、同人誌や読み切りを単行本化した本だという違いはあるけど、シチュエーションとしては森薫「シャーリー」にかなり近い(こちらはシャーリーが13歳)。シャーリーを楽しめた人はこれも楽しめると思う。
巻末に参考資料のリストが掲載されていて、作家の資料収集は大変なんだなあ、とは思ったりする。歴史もの、年代もの、SFなんかだと、資料なしでテキトーにでっちあげてるものは、すぐそうわかっちゃうからね。資料なしだと、作者の実体験以上のものは書けないし、書いてもまともに読めたもんじゃあないからね。
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黄昏古書店の家政婦さん シリーズ2冊 (2016,2017)
南潔
女中ものということで引き続きこちらの小説を。話の入りとして もはやテンプレート化されてはいるんだろうけど、これも若すぎる女中(高卒18歳)が来て主人(死別独身男性)と絡む話なんだけど、これは明確にラブコメ。
本の煽りに「昭和レトロ浪漫」とあるくらいで、それ以外には時代を特定できる小物が全然出てこなくて、時代設定はかなり(たぶんわざと)ボヤかして(そして支障のない程度にほんのわずかな矛盾が)あるけど、さほど古くはない感じ。
1巻につき章立てで何エピソードかが収録されているけど、ファンタジー回や道化回があったりする。1巻サブタイトルに「下町純情恋模様」と書いてある通り、だいたいそれなりに大きな町なんだけど妙に田舎くさかったり、古くさいしきたりが前提のストーリーがあったりして、特定の都市や時代を意識させるようなものはなかったと思う。あくまでも昔の下町のお話ですよ、という雰囲気を楽しむところ。
あくまで男主人と女中のラブコメではあるけど、第1巻の冒頭でほんの少しだけ登場した男が、ずっとあとで話の下げとして再登場したり、ほとんどの脇役にちゃんと明確な話がつけられていて「ただのガヤ」がいない。
続きは? もうないんですかね?
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サイレント・ウィッチ 第1巻 沈黙の魔女の隠しごと (2020, 2021-)
依空まつり https://mypage.syosetu.com/1692545/
典型的な、「なろう」の書籍化された「なろう小説」。
TwitterでAAAさんにお勧めされたので買った。最近では本をディグる時間も惜しいので、ある程度以上嗜好が近い人のお勧めは反射的に買うことにしている。なろう・カクヨム経由で書籍化されたものだと、冒頭の数十行を読んで、そのまま読めそうなレベルだったら迷いなくKindleで買ってストックできるので、なおさら安心。自分くらいの歳になると、通勤がなくなっても いつ入院したり手術したりする機会があってもおかしくないし(実際にここ数年で2回している)、そうでなくても出張や旅行など 本を読む機会はいくらでもあるので、ストックされている本が多いと安心できる。
(ちなみに私はいわゆる「スコッパー」ではないし、スコッパーの評価をまったく参考にしない、というかわざと無視している。好みは十人十色なので、自分の直感やAmazonのサジェストの方がよっぽどマシであると信じている。私が勧めるこの文章も、だれにでも受けいられるとは毛ほどにも思っていない。ただの読書感想文である)
完結済みのWeb掲載版に加筆で書籍化された第1巻。あとがきに第2巻発売決定! って書いてあるけど、その(営業的)判断はどうやって下されたのかが目下の最大の謎。
魔法が話のキーになっているが、よくある「何のかんの言って結局は戦闘描写に明け暮れるんでしょ」みたいなところは今のところ感じていない(Webで完結済みかつ続巻がまだ出ていないので、内容はあまり触れない)。
女性主人公が美男美女の中に入っていく話なのでそれに抵抗がなく、タイトルと本の煽りで直感的に読めそうと感じたら読んでみていいと思う。
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正直不動産 (2017-連載中)
夏原武(原案) 水野光博(脚本) 大谷アキラ(作画)
嘘がつけない不動産営業社員の漫画。単行本は今12冊まで出ている。ほぼ全編で2話1エピソードになっていて、その中で大きなストーリーが少しずつ進行している。冒頭で人物紹介も兼ねて ちょっとだけオカルトなエピソードがあって、以降はタイムリーな話題もかなり手早くストーリーに取り込んだり、単行本にも企画対談や不動産知識の説明が収録されていて、ああ これガチだな、という感じしかしない。
個人的には「きたなくないナニワ金融道的な不動産営業マンガ」と言ったりしている。ナニ金とは何の関係もないんだけど、ナニ金が楽しめた人ならだいたい楽しめるだろう、という意味で。
とはいえ私はただのサラリーマンで、家を売り買いする目的たる家族は持ってないし、不動産を生業にはしていないし、不動産投資とも縁がないので、ただ面白おかしく読んでいる。不動産売買に関するソフトウェア開発に携わったことくらいはあるが、あまり関わり合いになりたくない業種の一つで、今はもう 不動産系案件はみずほ銀行案件と並んで無条件に請負拒否である(笑)
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放浪世界 (2018)
水上悟志 https://twitter.com/nekogaeru
漫画短編集。この方の他の本は読んだことがないのであんまりコメントするところがない、短編集だし。
最後のエピソード「虚無をゆく」以外についてはあまり面白いところは見いだせなかったが、「虚無をゆく」だけはとても面白かった。題材・絵柄などで好みがそれなりに分かれるところだけれども、箱庭、スペースSF、のワードでピンとくる人は、この話のためだけに買ってみてもいいと思う。
(上記2ワードだけで人によってはネタバレラインを超えられていると感じられるだろうし、短編だからこれ以上何を書いてもネタバレでしかないので書けない)
紙の本は入手難のようで、電子書籍になるのを待ちわびていた人も多いだろう。(そもそも私は久しく紙の本など買ってはいないので、紙でしか手に入らない本は存在しないとつとめて認識することにしている)
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昨年3月から在宅勤務になっているので、通勤時間で消費されるはずの本が消費しきれず、積読になっているものが数十冊… いや 百を超えているかもしれない。全然読むペースが追い付かないのだが、どうしたもんか。
2021年09月08日
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